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第808話

Author: 宮サトリ
電話が鳴り出してわずか一秒後、すぐに冷たい男の声が耳に飛び込んできた。

「もしもし」

由奈は一瞬、状況が飲み込めずに固まってしまった。

「由奈?」

沈黙する彼女に向こうが不思議そうに呼びかけた。

それでようやく我に返った由奈は、さっきのことを一気に説明し、旅館の住所も伝えた。

「絶対に弥生だと思う! もし違っても、こんなチャンス逃すわけにはいかない。どう思う?」

「うん......すぐ向かう」

電話口から、瑛介が運転手に指示を出す声が聞こえた。

すべてを指示し終えてから、改めて由奈に言った。

「その番号を僕の携帯にも送ってくれ」

「はい!」

通話を切った由奈は、すぐにその固定電話番号をメッセージで瑛介に送信した。

ちょうどその時、浩史が近づいてきた。

「話はついたか?」

由奈は唇をぎゅっと噛んで、力強く頷いた。

浩史は彼女を一瞥すると、近くにいたスタッフに尋ねた。

「車、出せるか?」

スタッフは一瞬戸惑ったが、すぐに頷いた。

「ございます。社長のお客様ですから、お使いください」

二人のやり取りを横で聞いていた由奈は、浩史を見上げて小声で訊いた。

「......車で 行くの?」

浩史はふと視線を落とし、彼女を見た。

「どうした、行きたくないのか?」

「......行きたい!」

由奈はようやく理解した。

浩史は自分を連れて弥生を探しに行くつもりだと。

これまで我慢していた胸の奥の焦燥が一気にほどけ、胸が熱くなった。

だが一方で、余計な足手まといにはなりたくなかった。

だからこそ自分から言い出せなかったのに、浩史が自然に手を引いてくれたことが嬉しかった。

鍵を受け取った浩史に連れられて車へ向かう途中、由奈は思わず彼の背中の裾を小さく引っ張った。

「......社長、ありがとう」

浩史は足を止め、視線を落とすと、白く小さな手を見て、わずかに口元を緩めた。

「僕に感謝したのか? 口だけじゃ足りないな」

「......え?」

由奈は思わず手を引っ込めた。

「......じゃあ、何かお返し?」

「当然だろう」

浩史はちらりと横目で彼女を見た。

「口先だけの礼なんて意味がない」

由奈は数秒考え込んだ末に、提案した。

「......じゃあ、戻ったら、ご飯ご馳走します!」

「それだけ?」

何を要求され
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